近代における「世界語」② エスペラント
エスペラントは、ユダヤ系ポーランド人ザメンホフによって考案・提唱された人工言語である。世界共通語が目指され、随時発展を続けた結果、現在も世界中に多くの使用者がいる。日本では、明治39年に二葉亭四迷によって初めて文法書が翻訳・紹介されたとして知られているが、それ以前にもエスペラントへの言及は一部の書物に見られる。
近代デジタルライブラリーでは、早くは明治37年に樋口勘次郎著『国家社会主義新教育学』においてエスペラントを取り上げている例がある。「気運は既に熟せり。世の世界語をまつこと恰も救世主をまつが如し。果然一個の新語は生れ出でたり。多くの希望を以て、名もEsperantoと称して生れいでたり」、「ドイツの牧師シュライエル氏の発明にかゝる『ヲ゛ラピユツク』が少なからぬ賛成者を有し、数多の商人間に用ゐられ、勧工場にて其の通弁をさへおくに至り、所々の公立学校の課程に入り、機関新聞を発行し、書物を出版し、必ず発達すべしとおもはれたるが、いつの間にか病死したる所以にして」(ペ328)などと述べ、ヴォラピュクの勃興・衰退、そしてエスペラントの登場について紹介する。
日本でエスペラントが本格的に流行するのは明治39年であり、同年には二葉亭四迷の訳述以外にも多くの書が発行されている。7月に二葉亭四迷著『世界語 教科用独習用』が出され、同月には、丸山順太郎、エドワルド・ガントレット著『世界語 エスペラント』も出版されている。どちらも50ページ強の基本的文法書である。さらに、二葉亭四迷によって『世界語読本』なるリーディングのテキストも翻訳されるほか、多くの文人によって語彙書や読み物などが出版され、世に出回るようになる。
語彙の増加やいくつかの刷新こそあれ、現在までエスペラントに劇的な変革は訪れていない。日本で流行が始まった当時に思いを馳せながら、エスペラントの世界を楽しめる材料が存分に揃っているのである。
(2011.1.6 更新)
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